東京地方裁判所 昭和37年(ワ)3654号 判決 1964年8月05日
原告
中島与市
被告
森永乳業株式会社
右代表者代表取締役
大野勇
右訴訟代理人弁護士
土屋豊
主文
原告の請求は、いずれも棄却する。
訴訟費用は、原告の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 原告は、「一 被告は、別紙記載の牛乳瓶口封緘装置を使用する包覆方法を使用してはならない。二 被告は、原告に対し、金百万円およびこれに対する昭和三十七年七月二十六日から支払いずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。三 訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求めた。
二 被告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求めた。
第二 原告の主張
原告は、請求の原因として、次のとおり述べた。
一 原告は、昭和三十三年四月二十六日設定の登録により、次の特許権を取得した。
特許番号 第二四一、八七三号
発明の名称 牛乳瓶口頭部の包覆方法
出 願 昭和三十年一月二十九日
公 告 昭和三十三年一月二十五日
登 録 昭和三十三年四月二十六日
二 本件特許出願の願書に添付した明細書の特許請求の範囲の記載は、次のとおりである。
「本文に詳記し図面に示す如く、牛乳瓶1の頂部より小径な頸部3にその外径より小径な柔軟性のビニール系合成樹脂製で薄肉幅広の環体4を嵌入定置せしめる第一工程と、該牛乳瓶1の口頭部上に同材製のシート5を載置し之を上記環体4をも含めた牛乳瓶1の口頭部外周に強圧して包被する第二工程と、上記のシート5と環体4との接触部分を加熱溶着して一体とならしめる第三工程とより成る牛乳瓶口頭部の包覆方法」
三 本件特許発明の特徴は、次のとおりである。
(一) 方法上の特徴は、次の三工程を結合した点にある。
(1) 牛乳瓶1の頂部より小径な頸部3に、その外径より小径な柔軟性のビニール系合成樹脂で薄肉幅広の環体4を嵌入定置させる第一工程。
(2) 牛乳瓶1の口頭部上にビニール系合成樹脂製のシート5を載置し、これを前記環体4をも含めた牛乳瓶1の口頭部外周に強圧して包被する第二工程。
(3) 右シート5と環体4との接触部分を加熱溶着として一体とならせる第三工程。
(二) 作用効果上の特徴
本件特許出願当時は、一般に、牛乳を瓶詰したのち、円形の紙蓋を瓶口に押圧装填して牛乳の流動を防止し、さらに、瓶口頭部を紙とゴムで包覆していた。そのため、牛乳の供給者は牛乳瓶口頭部の包覆操作に二重の手数を要し、需要者は該牛乳瓶の開口に同様二重の手数を要するとともに、該牛乳瓶の円形の紙蓋を瓶口から取り除くにはその都度錐様の器具を使用する等の必要があつた。
本件特許発明は、前記(一)の方法により牛乳瓶口頭部を包覆する結果、これらの欠点を除去し、労力と費用の節約および開口操作の簡易化を図るとともに、公衆衛生に寄与することができる。
四 被告の牛乳瓶口頭部の包覆方法は、別紙記載の牛乳瓶口封緘装置を使用する方法である。
五 被告の牛乳瓶口頭部の包覆方法の特徴は、次のとおりである。
(一) 方法上の特徴は、別紙記載の牛乳瓶口封緘装置を使用する点にある。
(二) 使用効果上の特徴は、本件特許発明のそれと同一である。
六 両者の比較
被告の方法は、本件特許発明の第一工程を欠いているが、その他の工程は本件特許発明の各工程と同一である。したがつて、被告の方法は、本件特許発明の技術的範囲に属する。
七 損害賠償請求
被告は、別紙記載の牛乳瓶口封緘装置を使用して牛乳瓶の口頭部を包覆することが原告の本件特許権を侵害することを知り、または、過失によりこれを知らないで、昭和三十三年五月十三日から同年十月五日まで、および、昭和三十五年二月十二日から昭和三十七年七月二十五日までの間に、右方法により、少なくとも一億本の牛乳瓶の口頭部を包覆した。
しかして、原告は、本件特許発明の実施に対し、通常、牛乳瓶一本につき金一銭の割合による実施料を取得しうるはずであるから、被告の右侵害行為により得べかりし実施料金百万円を喪失し、同額の損害を蒙つた。
よつて、原告は、被告に対し、金百万円、および、これに対する不法行為ののちである昭和三十七年七月二十六日から支払いずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
八 差止請求
被告は、現在も別紙牛乳瓶口封緘装置の使用を継続し、牛乳瓶の口頭部を包覆して、原告の本件特許権を侵害している。
よつて、原告は被告に対し右侵害行為の停止を求める。
第三 被告の主張
被告訴訟代理人は、答弁として、次のとおり述べた。
一 請求の原因第一項から第四項までの事実は、認める。
二 同第五項中、(一)の点は認めるが、(二)の点は否認する。
三 同第六項について
被告の方法が、本件特許発明の第一工程を欠いていることは認めるが、その余の原告の主張事実は争う。被告の方法は、本件特許発明の第一工程および第三工程を欠き、また、作用効果の上においても、牛乳瓶口に紙蓋を押圧装填し、開口のために錐様の器具を必要とする点で本件特許発明と異るから、本件特許発明の技術的範囲に属しない。
なお、本件特許発明は、牛乳瓶口頭部の包覆方法と名づけられているが、その実質は紙蓋を用いずにビニール系合成樹脂製のシート5によつて牛乳瓶口を密封する方法であり、附随的結果的に瓶口頭部を衛生的に保持するという効果が得られるに過ぎないのに対し、被告の方法は、単に牛乳瓶口頭部の汚染防止という衛生的効果を唯一の目的とする被覆方法であり、気密保持は紙蓋によるものである点において、本件特許発明とその目的を異にする。
四 第七項中、被告が原告主張の期間に、その主張の方法により、一億本の牛乳瓶の口頭部を包覆したことは認めるが、その余の原告主張の事実は否認する。
五 第八項中、被告が現在原告主張の装置を使用していることは認めるが、その余の事実は争う。
第五 証拠関係≪省略≫
理由
一 原告がその主張の日に本件特許権を取得したことおよび本件特許出願の願書に添付した明細書の特許請求の範囲の記載が原告主張のとおりであることは、当事者間に争いがない。
二 前掲当事者間に争いのない特許請求の範囲の記載に、成立に争いのない甲第二号証(特許公報)の記載を参酌して考察すると、本件特許発明は、牛乳瓶の頭部3にその外径より小径な柔軟性のビニール系合成樹脂により成る薄肉幅広の環体4を嵌入定置したうえ、牛乳瓶の口頭部を包被した同材製のシート5と右環体4との接触部分を加熱溶着して一体となし、牛乳瓶口を密封することにより、牛乳の流出を防止するため牛乳瓶口に紙蓋を押圧装填する手数を省くことを目的とする発明であり、「牛乳瓶1の頂部より小径な頸部3に、その外径より小径な柔軟性のビニール系合成樹脂より成る薄肉幅広の環体4を嵌入定置せしめる第一工程」をその構成上の必須要件の一つとしているものと認めるのが相当であり、これに反する資料はない(なお、右第一工程が本件特許発明の構成要件の一をなしていることは当事者間に争いがない)。
三 被告の牛乳瓶口頭部の包覆方法が別紙記載の牛乳瓶口封緘装置を使用する方法であることは当事者間に争いがなく、右方法が前記第一工程を欠くことは原告の認めるところである。
しかして、成立に争いのない甲第十号証、第十九号証、被告の使用する紙蓋およびシートであることに争いのない検甲第一、第二号証および別紙牛乳瓶口封緘装置により包覆された牛乳瓶であることに争いのない検乙第一号証を総合すれば、被告の方法においては、前記第一工程を欠く結果、瓶口部に載せたビニール等の熱可塑性被膜平片を紋縮し、その周囲から熱気を吹き付けてこれを瓶口部に凝縮被着しても、それによつて瓶口部を密封することはできず、牛乳の流出を防止するためには、さらに牛乳瓶口に紙蓋を押圧装填する必要があり、本件特許発明が企図した効果をあげることはできない事実を認定しうべく、これを左右するに足る証拠はない。
したがつて、被告の方法は、この点において、本件特許発明の必須要件の一つを欠くものであるから、他の点を比較するまでもなく、本件特許発明の技術的範囲には属しないものというべく、他にこの結論を覆すに足りる証拠はない。
四 以上説示のとおりであるから、被告の方法が本件特許発明の技術的範囲に属することを前提とする原告の本訴請求は、進んで他の点について判断するまでもなく、理由がないものといわざるをえない。よつて、原告の本訴請求はいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。(裁判長裁判官三宅正雄 裁判官太田夏生 佐久間重吉)
(別紙)
牛乳瓶口封緘装置
被包瓶体の瓶口部にビニール、ポリエチレン等の熱可塑性被膜平片を載せ、瓶体を圧上して環体により熱可塑性被膜平片を絞縮し又は逆にその直上に位置する環体を降下して該熱可塑性被膜平片を絞縮し、その周囲から熱気を吹き付け、これを瓶口部に凝縮被着し、瓶体を離脱させるようにしたことを特徴とする牛乳瓶口封緘装置。